清弥とそらは、真っ青な天空を飛んでいた。
天を見ればただ蒼一色。
下を見れば途切れぬ雲海が広がっていく。
二人はしっかりと手を繋いでいる。
清弥は既に、満足に動かなかった人形の躯ではなかった。いつも通りの若き狩人、健康的な筋肉に充ちた、暖かい躯だった。
そらもまた、重い衣服を脱ぎ捨て、軽い体を風に任せている。
二人とも、着ていないかの様に軽い、白い衣を纏っていた。吹き付ける風が心地よく、望むだけで何処へでも飛んで行けた。急降下も急上昇も、宙返りだって思いのままだった。
万事から解放されていた。
二人の前方に、優しい光を投げかけてくる太陽がある。二人はそれを目指して飛んでいる。
だが、あるものを見つけたそらが、清弥の腕を引いた。開放感に歓びを感じていた清弥が、太陽の向こうにあるものを見る。
少しだけ、緊張が走る。
太陽の向こうでうっすらと浮かんでいるのは、明滅する巨大な……太陽よりも巨大な太極図だった。白と黒を縁でつなぎ合わせた、この世の理を最も単純に示す図。それは同時に、二人にとって最も愛すべき、そして今はもっとも警戒すべき者の象徴でもあった。
あれが……博麗、大結界。
それに呼応するようにして、
二人の横、
雲海が盛り上がってくる。
何かが雲を割って浮かび上がってくる。
――あれは、蝶だ。
巨大な蝶。
海を行く鯨そのままに、ゆっくりと羽ばたきながら舞い上がってくる蝶。
登ってくる、紅白の二色蝶。
その頭部に少女が立っている。
暖かい風に、いつものお気に入りの、大きな赤いリボンをなびかせている。
肩にひょいとお払い棒を載せて。
風に抱かれている。
風と戯れている。
その笑顔に、何故か二人は胸を打たれる。
いつも通りの、
あの素っ気なくて、
どこか人を馬鹿にしたような感じで、
それでもいつも見てくれていた、
あの古風な、不思議な笑顔。
二人は声を掛ける。
いつもそうしていたように、
これからもそうしていくかのように。
「霊夢」
博麗霊夢は飛び立つ。
巨大な蝶は掻き消え、代わりに霊夢の背にうっすらと、巨大な蝶の羽が備えられる。
風をまたぎ、風に乗りながら、
二色蝶は博麗大結界と清弥達の中央に割り込んでいく。
清弥の行く手を遮る。
それでも霊夢は笑っている。
清弥も、そらも笑っている。
そして、
夢想天生――
霊夢から、密度の濃い弾幕が放たれた。
今まで無限かと思われた空全てを、赤と白の札が覆い尽くしていく。
清弥とそらは、それをかわしながら舞い飛ぶ。一枚一枚に籠められた退魔の力は、霊体になった清弥達など一発で消し飛ばしてしまうだろう。それが空の全てを覆っていく。
霊夢からは、陰陽を成した球体……陰陽玉も無数に転がってくる。巨大な陰陽玉を、二人はなんとか避けて飛ぶ。
道はどんどんふさがれる。
通るべき場所がどんどん失われていく。
なのに、清弥もそらも楽しくて仕方ない。
だって、霊夢が笑っているのだから。
生きてもいなくて、
死すら遠ざかって、
中途半端な存在に、覚束ない存在になった二人が、声を上げてころころと笑う。
それに気をよくしたのか、霊夢は大盤振る舞いとばかりに更に沢山の御札をばらまいていく。紙吹雪の様に。輝くように。
赤と白に続く札の列は、まるで垂れ下がった紅白の緞帳のよう。上下に続く白と赤の道は、誓いを交わした男女が歩く道のよう。
霊力を解放した激闘でありながら、
巫女が導く、婚礼の儀式さながらに。
清弥とそらは導かれていく。
霊夢は後ろに下がりながら、二人を取り囲んでいく。
それはもう、狂ったように明るくて、
楽しくて、
泣きたくて、清々しくて、
この世のものとは思えない天空の狂乱が、狂い咲きの蓮のように連なっていく。
紅白の二色蝶に導かれながら、
しっかりと手を結んだ少年と少女が、
空を飛んでいく。
空を、超えていく。
いつまでも、
いつまでも、
いつまでも――――。
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