向日葵



 様々な蝉の大合唱がかしましい。
 周囲を取り囲む尾根の向こう、蒼く連なる山々のさらに遥か。壁のようにそそり立ち霞む入道雲の群れがある。あの下には一体どんな世界が広がっているのだろう。
 井戸から水を汲んで屋根の下に出た清弥が、眩しそうにしながら天を仰いでいる。
「ちょっおおとぉぉぉ、清弥さぁああん何してるのよぉおおおおお。早く持ってきてぇぇえええ」
「はいはい、すぐ行くから」
 神社の裏手の森から霊夢の声が矢のように突き刺さる。あそこから結構な距離があるというのに……まったく、蝉の声に負けず劣らずの声量だ。暑い暑いと文句を垂れていたが、あれでは自分で熱を招いているようなものだ。日は傾き始め、影が長くなり始めている。もう少し我慢すれば涼風も吹くようになるだろうに。
 竿の両端になみなみと注水された桶を提げ、ゆっくりと持ち上げる。重さは大したことないが、バランス取りが少々厄介だ。森の小屋に向かってゆっくり歩き始めながら、ゆっくりと振り向く。
 社の向こう、境内は相も変わらず黄色い波に揺れている。
「……普通はさ、境内ってのはこう整然と、綺麗に雑草とか取って広々としてある……はずなんだけどな」
 現在の境内は、豪奢に広がる向日葵の世界だ。梅雨が終わって本格的な夏風が吹き始めた途端、一斉に開花した。頑丈な茎の林立だけでも邪魔だったが、やはり花が咲くとその存在感は格段に変わる。
「……まぁ、寂しくないのは別段悪いことじゃない」
 それに向日葵は生育が簡単な割に見返りも多い。見てくれを考えなければ、畑を作るのは別に悪い選択でもないだろう。
「神様に怒られないのかね、霊夢は」
 きっと霊夢以上にマイペースな神様なんだろうと勝手に結論づけて、清弥は再び歩き始めた。


 真っ青な空に、黒い点が浮かんでいた。
 徐々にそれは大きくなる。黒いままゆっくりと、神社に向かって飛んでくる。
 参道の左右に並ぶ向日葵は、空から舞い降りる彼女にとって航空機の誘導灯の如く、あるいは訓練された儀仗兵の如く、整然と道を形成していた。それに沿って降下し、一瞬ホバリングして舞い降りる。
「いやぁ、暑いなこれは。まだ初夏だってのに、まったく堪らないぜ。だれだよ魔法使いの衣装を黒にした奴は。今日ばかりは適当に恨んでやる」
 箒から飛び降りるなり、帽子を取って団扇代わりにぬるい風を掻く。じわりと浮かんだ汗をハンカチで拭って、いつも通りの含み笑いを浮かべているのだが、さすがに暑さへの苦慮がにじみ出ている。
 もちろん、当代きっての普通の魔法使いを自認するこの少女――霧雨魔理沙に、黒以外の服を着るという選択肢はない。
 とりあえず向日葵の群れをかき分けて手水舎に赴くと、手を洗い、顔を洗い、口をすすいだ。山から引かれた清水が喉を潤す。
「毎度思うけど、霊夢や向日葵どもにくれてやるには惜しい水だぜ。魔法で水脈をうちの方に向けてやろうか」
 帽子をかぶり直し、向日葵やら雑草やらの境内を抜けて建物の中にずかずか入っていく。勝手知ったる人の家、とはまさにこの行為を指す。
「おーい霊夢、土産はないが遊びに来たぜ。友達思いな魔法使いに冷たい茶でも出してくれ」
 ………………。
 …………。
 返事がない。
 霊夢の部屋も無人だし、自分の声が残響で聞こえるぐらい、人気がしない。廊下も暗いまま。ただ蝉の声だけが響いている。
「留守か……?」
 魔理沙は訝しんだ。この時期、脳天気な巫女は熱気を嫌って十中八九、自室かこの廊下辺りでぼーっと転がっているはずなのだが。
 これはつまり、
「公然と泥棒に入るチャンスだな。間抜けな方が悪い」
 こういうことをさらっと言ってしまうのが魔理沙という少女だった。しかも結構本気だったりするのが玉に瑕。鬼の居ぬ間に洗濯とやらで、さて何を物色しようかと廊下を進んでいると、
「………おや、やっぱりいるんじゃないか」
 伸びつつある影が、廊下の先で壁に映っている。あれは書庫へと続く裏庭あたりだ。
「霊夢、いるなら返事しろよ、水くさいな。私は盗むものぐらいなら困ってないぞ。ちょうど畳の新しい奴が欲しかったから、お前の部屋から一畳ほど頂いていこうかと」
 自宅はすべて土足で板張りにも拘わらず、ぬけぬけと喋りながら魔理沙は廊下を抜け、
「……あれ」
 中庭に立っているのは、霊夢ではなかった。
 真っ直ぐに青空を見上げる後ろ姿。
 綺麗に腰まで伸びた白い髪。霊夢のそれにそっくりだが、全体が緑色でまとめられた巫女服。お揃いのリボンも緑だが、頭の天辺ではなく髪留めとして腰の辺りに揺れている。
「あんた誰だ? 博麗神社の新人さん? 追加の巫女なんて雇う金あったのか」
 魔理沙は声を掛け、
 少女はようやく、魔理沙に気づいた。
 振り向き、わずかに顔をこわばらせて……明らかに緊張している。
「ちょっと待て、なんだその警戒は。こんなに怪しくない魔法使いは珍しいぞ」
「おいどうした、そら。誰かいるのか?」
 これまた珍しいことに男の声がした。
「主がいないのに千客万来だな。協力すれば家財道具全部持って帰れそうな勢いだが、さて……」
 二度と返答はなく、

 ざしっ!

 魔理沙の足下には既に矢が刺さっている。
 裏手の森から駆けてくるのは、魔理沙よりもやや歳のいった感のある少年だった。素早く二本目の矢をつがえようとしている。
「そらから離れろ! 次は当てる」
「問答無用は嫌いじゃないが、自分の行為の代償は三倍返しで払って貰うぜ」
 魔理沙は担いでいた箒にひょいと跨ると、急速に舞い上がる。同時にスカートのポケットから水晶玉を四つ取りだした。それらは主人を護るかのように、意志を持って周囲に浮かぶ。
 魔理沙を中心にして、空中に正確な四角形が描かれる。魔力を循環させる古代のテクノロジーだ。
「やはり妖怪の類か、性懲りもなくっ」
「人妖の境界を見定められない奴がいていい場所じゃないぜ、ここは」
 少年は毅然と、少女は楽しそうに。
 お互いが次の一手を繰り出そうとした瞬間、
「そこまでよ!」
 両者の中央に、いつの間にか霊夢が立っている。殺気だった二人を呆れたように、または叱りつけるように交互に睨み付けていた。
「もう! 暑いんだから中途半端に遊ぶの止めなさいね。やるなら神社から離れて全力でやって。負けた方に今日の晩ご飯作ってもらうから」
「「れ、霊夢」」
 図らずも霊夢への呼びかけを完全にシンクロさせてしまい、魔理沙と少年……清弥は、互いに露骨な嫌悪を浮かべた。双方の表情が結構似ている事実を指摘すれば、更に嫌な気分になっただろう。


 洗濯物と向日葵の黄色が一反の織物となって風にそよぐのを、巫女と魔法使いはぼけーっと眺めていた。正確には、その中で向日葵と同じようにまっすぐ立ち、陽を、空を仰いでいる緑の服の少女を見ているのだが。
「……そら? それがあいつの名前なのか、霊夢」
「だって自分じゃ名前言わないんだもの。『そら』って呼びかけると反応してくれるんだから、それでいいんじゃないの? どちらにしろ名前が無くちゃ不便で仕方ないわ」
「それはそうだが……霊夢と同じ服着せるのやめろよな。紛らわしい」
「着替え持ってなかったのよ。着れてよかったわ」
「大体なんで緑なんだ」
「同じ紅白だと、それこそ紛らわしいわよ」
「理由になってないぜ」
 井戸水で冷やしてあった胡瓜を囓りながら、魔理沙はまだ納得がいかない様子だ。
 霊夢は冷たいお茶を一口含んで、
「それに、自分が何者なのかもよく分かってない女の子を放り出す訳にはいかないでしょ。住む代わりとして庭掃除や食料調達や炊事洗濯もしてくれるっていうからね」
「あの娘がか?」
「そんなわけないでしょ」
「……居候を置くなら置くでいいから、きちんと私に断りを入れて欲しいもんだ」
「あら、延々と家に籠もって怪しい作業してる人になんで断りが必要なのよ」
「他人に迷惑が掛かることには気配りが大事だぜ」
 そういうと、奥歯の方でがりがりと胡瓜を噛み締める。振りかけすぎた塩が苦かった。
「ねぇそらさーん、そんなに光の中にいたら日射病になっちゃうわよぉー?」
 霊夢の声にゆっくりと振り向く少女、そら。
 が、特に答えるわけでもなく、また青空の方を向いてしまう。
「変な奴だな」
「ま、世の中は広いしね」
「失礼なことばっかりいってるなよ。どっちが変なんだよ黒いの」
 と、裏庭の方から清弥が大きな木箱を抱えて歩いてくる。言葉の端から敵意が剥き出しだ。
「かさかさ動いて空飛んで黒くて、御器噛と一緒じゃないか」
「失礼に失礼で応酬するのはあまりに芸がないな。それに空飛ぶだけならそこの巫女も飛ぶし。大体な、普通の人間なんて実際の所ほとんどいないんだ、って香霖が霊夢にいってたぜ」
「そんなこといってたかしら」
「確認はしなくていいからな」
 霊夢と魔理沙が話し始めるとのんびりが増幅されるのを悟ったか、清弥は大きく溜息をついた。次いで、運んできた大箱をがちゃがちゃと霊夢に示す。
「これ投げっぱなしだったけど、何処にしまえばいいんだ? なんか古い剣とか鏡とか入ってるけど」
「投げっぱなしってことはそれなりの物しか入ってないのよ。後で考えましょ、そこにおいておいて」
「霊夢……やる気の無さが格段に上昇したな」
「いい傾向だぜ」
 魔理沙をキッと睨み付けると、荷物を降ろした清弥は境内の端に向かう。そこには畳が一畳ずつ天日干しにしてあって、彼はそのうちの一つを担ぐと裏庭に戻り始めた。
「そら、来いよ。また怖い目に遭わされるぞ」
 少年の言葉を理解したかどうか、呼ばれた少女は表情を変えぬまま、彼の影を追い始める。まるで主人に付き従う飼い犬のような素振りだった。清弥が通りすがりに一言、
「霊夢さ、友達は選んだ方がいいと思うぞ」
「あら、意外とありがちな忠告ね。それでもありがたく受け取っておくわ」
「霊夢が受け取った忠告とやらは九分九厘焼却場で煙と共に昇天するぜ、残念だったな」
 清弥は答えずに、肩を怒らせて歩き去っていく。その後をそらがてくてく歩く。
「ますます奇妙な二人だな」
「まぁね」
「しかしいつもほど面白くはない。特に男の方とは馬が合いそうにないぜ」
「お互い火の粉を振りかけてるじゃない」
「まぁそれも一興だがな。ところであいつらは、さっきから何やってるんだ」
「あ、そういえば私も手伝ってるんだった」
 自分のサボタージュも清弥の機嫌を損ねる一因になっているとは、つゆほども考えない霊夢である。


 森の中程の、二階建ての小屋。
 永きに渡って納屋として放置してあったこの場所が、建築されてこの方おそらく初めて、徹底的に清掃されていた。
 中に詰まっていた古い道具や大八車やその他、得体の知れない物の数々が戸の前に堆く積まれている。
「それにしても……人の住める環境じゃないと思うぜ、ここは。土壁剥げてるし」
「失礼ね。魔理沙ん家も大して変わりないじゃない」
「吹き飛ばしてやろうか」
「やめろ。俺が一日がかりで掃除したんだぞ」
 無意味に階段を上下する霊夢の足音、小屋を検分して指先で埃を掬って吹き飛ばす魔理沙の吐息、敷き詰めたばかりの畳を清弥がせっせと雑巾で擦る音。
 そらがぼんやり見上げる小屋の中から聞こえてくる音。
「おーいそら、そこにいるか?」
「………………」
 清弥が戸口から埃まみれの顔を出す。
「ちょっと来いよ。お前の部屋、大体出来たから」
 差し出された手をゆっくり掴むそら。
 清弥が笑って、小屋に招き入れる。
 一階は半分が土間で、半分が畳敷きになっている。その奥に扉があり、開けると二階へ上がる狭い階段が続いている。
 清弥について軋む階段を上がると、立て掛けられた残り一枚を残して畳が敷き詰めてあり、霊夢と魔理沙が溶けるようにごろごろしていた。
「何だよお前ら、みっともないな」
「だって、ここ神社より涼しいじゃない。風鈴を吊れば完璧ね」
「居候にはもったいないぜ」
 そんな二人を無視して、清弥はそらを窓際に立たせる。障子を開け放つと、森の木々の向こうに神社の屋根と、白く濁った空が見渡せた。ほんの少しだけ、向日葵の黄色い絨毯も見える。
「なかなかいい景色だろ」
「…………っ………………」
 答えこそ無かったが、より天空に近い場所が、そらに感銘を与えているのは間違いなかった。清弥の手をしっかりと握り返してくる。
 清弥の頬が少しだけ紅潮する。ちょっと躊躇ってから、そらの手を優しく解いた。
「俺、まだ掃除が残ってるから、下にいる。布団も運ばないといけないし。何かあったらすぐ来いよ、あと落ちないようにな」
「………………」
 返事はないが、不安はなかった。
 転がったままの霊夢と魔理沙が妙な視線を送ってくるが無視して、清弥は階段を降り、雑巾掛けを再開した。
 やがて霊夢と魔理沙が降りてくる。
「で、あんたはどうするんだ」
「一階で寝泊まりさせてもらうことにしてる」
「了承したのか霊夢」
「社は私の部屋しかないもの。客間は残しておかないと、どこぞの迷惑なお客が押しかけるし」
「なんだその目は。……それじゃ公然と間男を認めるのか」
「そんなんじゃない」
 多少鋭い声。
 柱を磨く清弥の顔には、少しの怒りと真剣さが加味されている。
「最初は、そらを里の知り合いに預けて、また旅に出ようかとも思ってた。この辺りは妖怪も出るし、霊夢がどういうか解らなかったし。それに俺は長く森の中で暮らしてきたから、一人の方が楽なのは間違いないんだ。でも……」
「でも?」
「………………」
 妙に強く焼き付いた記憶。
 雨の日の神社の階段の前で、自分の雨具を握った彼女が、
 雨が上がったあの日、真っ青な空を瞳に映した彼女が、
 脳裏の中に鮮明に浮かび上がる。
 多分これは、まだ理由にもならない。
 自分の中でもまだ形が定まってないから。
 だから喋っても、伝わらない。
 特に目の前のこの陰険な魔法使いには。
 よって沈黙するしかなかった。
「そりゃ、能弁な男よりも沈黙する男の方が信用に値するとは読んだことあるけどさ……霊夢?」
「好きにさせればいいのよ。退屈にも飽きていたし、まれびとの到来はいい兆候だわ」
「そんなこといってていいのか?」
「それよりも私は、いつ食卓に猪鍋がのぼるか楽しみで仕方ないんですけど」
「……落ち着いたらまた狩りをするから。弓も呪符も準備しないと」
「あんた、見掛けに寄らず呪符が使えるのか」
 魔理沙が初めて積極的に興味を抱いたその瞬間、

 ドオオオオオオン!

 二階からもの凄い音がした。
 清弥は、
「そらっ!」
 誰よりも早く反応し、階段を駆け登り、
「大丈夫か、そら!」
 登り切る前に顔を突き出す。
 もうもうと埃が上がるその中で、表情を凍らせたまま尻餅をついたそらがいる。
 その横で、立てかけておいた畳が倒れていた。
「なんだ、これか……おい霊夢、こっちは自分がやるっていってたところだろ。最後までやらないからこういうことにな」

 ドドドドドドドドドドドッ!

 後頭部をしたたかに乱打して、清弥はごろごろ転がりながらのたうち回った。階段の最後を踏み外したのだと察するのに多少の時間が掛かってしまう。
「い、いい」
 一回空気を飲み込んで、
「いてえええええっ!」
 本気で目から星が飛び散ったと感じた。視界に網膜の血管が映り、世の中が白く黄色く点滅する。
 頭を押さえて呻いていると、二つの影が清弥に覆い被さる。
「なにやってるの? 清弥さん」
「これはお早いお帰りで。私の知らない魔法でも使ったのか? 相手にとって不足はないぜ」
 ぐぅの音も出ない。
 と、階段が遠慮するようにきし、きしと軋み始めた。
 清弥の心臓が弾ける。
 上からそらがゆっくりと降りてくるのだ。階段の最後で転がったままの清弥をじっと見つめたまま。
「おおお、おいそら、気をつけろ、落ちるぞ……いてて」
 次の瞬間、痛みを忘れるぐらいに清弥は動転する。
 降りてくるそらは、表情を変えていないのに……目尻の端からぽろぽろと涙をこぼしているのだ。これには清弥のみならず、滅多なことでは驚かない霊夢達も目を丸くした。
 慌てて清弥は飛び起きる。痛みなど吹き飛んでいた。
「ど、どうしたんだそら、なにかあったのか」
「………………ぃゃ」
「なんだ?」
「清弥」
 立ち上がった清弥の胸に頭を預けるそら。
 表情はほとんど変わらないまま、鼻水を啜っている。わき起こってくる自分の感情にどう対処していいのか解っていないように見えた。
「あ、ああ、ほら、俺は大丈夫だから。な? 何処も怪我とかしてないだろ?」
「………………」
「だから泣くことないって。な?」
「………………」
 思えば、そらがこれだけの変化を見せたのは初めてだったのだ。本来は喜ぶべきことなのだろうが、その契機が契機だった故に清弥も何をどうしていいか……ただただ狼狽えるばかり。
「あ、あぁそうだ、そらは向日葵好きだろ?」
「……………………ひま……わり?」
「神社の境内に咲いてる花。さっき見てたじゃないか。あれをこの小屋の前か、森の入り口に何本か植え替えよう。だったら、殺風景な小屋もにぎやかになるし。そうしよう、な。一緒にやろうぜ」
「………………」
 そらの涙を指先で拭いながら無理矢理笑う清弥。後頭部がじんじんする。痛かったのかどうなのか、もうよく分からない。
 清弥の顔を見るそらの顔に、笑顔の欠片が浮かんでいたかもしれないと考えるのは勝手な幻想だったのだろうか?
 横を見れば、魔理沙が耐えきれなくなって転がりながら、腹を抱えて笑っている。
「前言撤回、あんたにこの娘をどうこうできるわけないぜ。それじゃ赤ん坊を必死であやす子供だよ」
「余計なお世話だ!」
「なーんだ、清弥さんもやっぱりさぼりたいんじゃない。人のことばっかり責めるなんて、つまんない人ね。私もいちぬーけた」
 と、こっちは何故か腹を立てている霊夢が、さっさと戸口を抜けて神社の方へ消えてしまう。
 胸の中の少女に戸惑いながら、清弥も色んな理由で泣きたくて堪らなくなっていた。大声を挙げられたらどんなに楽だろう、と心の中で叫びつつ。


 空は紅に染まりつつあった。
 神社の境内を埋めた金色の波が橙色に染まっていく。
 向日葵の花の群れは静かに今日の勤めを終えた。蜩の鳴き声に包まれながら。明日の朝、東の空に目覚めの挨拶が訪れ、また一様にその首を天へ向けるまで、鮮やかな黄色の夢は眠り続ける。