ピアノが奏でていた哀しき狂気の調べは、いつの間にか止んでいた。
 灼熱の炎が荒れ狂う中で、紅魔館は焼け落ちようとしている。その名の通り、再度紅き炎によって浄化されるかのように。
 その遥か上空で、
 強力な結界と封印を放出した霊夢が気を失っていた。
 完全にコントロールを失い、燃え盛る紅魔館へと落下していく。
 その腕を、焦げてぼろぼろになった手が力強く握った。
「霊夢!」
 渾身の力を籠めて抱き寄せると、低く垂れ下がり始めた雲の天井めがけてぐんぐんと登っていく。
 その飛翔を遠距離からから見るとまるで、地獄から脱出する蜘蛛の糸のようで。
 一筋、長くきらきらと輝いていた。


 燃え落ちる巨大な館から、いくつもの白い魂が吹き上がる。
 館の主の運命から解き放たれた迷い子達だ。
 それらは館の上空を名残惜しむかのようにくるくると旋回し、やがて熱が起こす上昇気流に従って夜空へと舞い上がっていく。
 空の上にあるという浄土を目指すのだろうか。
 垂れ下がる雲は際限なく重くなっていき、巨大な支配者だった紅の月を覆い隠し―――
 やがて、雨が降り始めた。
 幻想郷にわだかまった運命と紅と霧とを洗い流す、慈悲と涙の雨が。


 誰が泣いているのか。
 それは、誰にも解らない。