龍の首の玉

      4

 ところで。
 魂魄妖夢は自分の本分をあくまで庭師だと思っている。
 勿論、主人の護衛役も大切な勤めだが、それはまた別の話。
 楼観剣と白楼剣……未熟な身のまま師匠より受け継いだ双振りの霊剣を常に帯刀しているせいで、半人前の剣士という認識がまかり通っているのは、どうにも納得がいかない。妖夢は常々きちんと反論したいと思っているのだ。己の未熟は認めざるを得ないので言い出せないだけで。
 彼女の住まいにして仕事場は、冥界にひっそりと佇む古刹――白玉楼。寺院を模して過去に佇む屋敷である。
 冥界には、白玉楼を中心に据える、雲海もかくやという広大な庭園が広がっている。庭園の面積は不定で、顕界の生命の繁栄と対を成して膨張し、また縮小する。この点、渡る者の宿業に応じて幅が変わる三途の川に構造が良く似ている。この庭園にて、妖夢は常に己の技を磨いている。庭を整える技はそのまま剣技に連なる。霊剣でなければ、冥界の木々を整えることは出来ないからだ。だから、庭師は必然的に剣を極めなければならない。
 このような、生命の輪に属さない場所を管理するということは、すなわち自分を完成した理に同化させるということだ。
 人間は生れ落ちてから死ぬまで、様々な道理に接し、迷い、罪を重ね、確かなものを得ることなく――或いは、確かなものを得たと錯覚して死んでいく。冥界は魂の仮の宿だ。死して世界の構造と同化し、豁然大悟を得て輪廻転生の輪に解けこむための時間を過ごす場所である。まあ、三劫成仏なんていう言葉もあるぐらいだから、いつまでたっても冥界で過ごす呑気な霊だって沢山いるのも仕方がないだろう。
 魂魄妖夢は半人半霊という形で生れ落ちた。半分は生来冥界の理に溶け込んでいるものの、もう半分の人間が迷い迷って混迷を極める。まだまだ年若く、経験も浅い。浅慮故に安易な答えを求めすぎてしまう。だから妖夢にとって庭に向き合うことは、己の迷いを断ち己を磨き、真理へ近づくことに他ならない。庭の広大さに泣きたくなることもしばしばだが。
 だが、妖夢が目指す導くべき貴き彼女の主は行き当たりばったりの発言をして妖夢を惑わし、意味があるとは思えない申し付けで妖夢を東奔西走させる。春の事件も頭を痛めたが、それ以降も主人は顕界に足を運んでは遊び惚けている。冥界を司る程の力を持つ者として目に余る無責任さである。おまけに、人間どもも調子に乗って自分をちんちくりん扱いしかしない。いっそぶった切ってやろうかと思ったことすらある。
 真面目な奴が損をするのは間違っていると、妖夢は人並みに思う。
 だが、嘘をついてまで利するもまた正道ではない筈だ。半分しかない彼女の人間分は、最近は人間にもめったにいなくなった、ひどく健全な行動原理によって日々を過ごしているのだった。


「なんで私が」
 そんな妖夢が妖しき月下の夜、何故急いで――それもぱんぱんに頬を膨らませて――虚空を舞っているのかといえば、人間の中でもおおよそ深慮という言葉とはかけ離れた少女・博麗霊夢に頼まれごとをされたからである。彼女が神社に忘れた神具を取ってきて欲しいといわれたのだ。
 妖夢は妙に居丈高な霊夢の言葉を思い出していた。
「――だから、あれを取ってきてくれたらついてきても良いわよ」
「な、なんで私がそんなこと。自分で取りに行けばいいだろうに」
「いいけど……紫はついてくる?」
「ついてくるわけないじゃない」
「やっぱり。ということで私は無理なのよ。紫にここで待っていてと頼んでも待つ訳ないしね」
「ご明察。妖夢もそう思うわよね」
「…………はぁ、それは、まぁ」
「幽々子の教育は行き届いているのね。さすが富士見の娘」
「私も巫女として、こんな夜に、里に近い場所でこいつらを放り出すなんてできないの」
 諾々として話を聞いていた妖夢だったが、ふとあることに気づいた。
「ちょっと待て。それでは、巫女と紫様がここで私を待ってくれるという保証もないのでは?」
「……幽々子は教育過多じゃない? 疑り深いのは決して美徳じゃないわよ」
「あんたにだけは言われたくないだろうけどね。……ああ、大丈夫大丈夫。神具を持ち逃げされると困るから気にはしておくし。それにどうせさっきみたいに、敵がいればどこかでドンパチやることになるんだから、見つけるのは難しくないわよ、きっと」
 ……天真爛漫な霊夢の声と、霊夢にぽんぽんと叩かれた肩の感触を思い出して現実に引き戻された妖夢は、今日も何度目かわからない溜息をついた。
 風を切ってそれなりに急いだせいか、雲によって斑が落ちる森が盛り上がって小山を成しているのが見えてきた。その天辺には、白玉楼に比べれば猫の額のような境内と、申し訳のような社がある。
 幻想郷の西の果て――博麗神社である。
 妖夢は御山を巻くようにして下降すると、社務所の裏手に音もなく着地した。無意識に抜き足気味で歩いてしまうのは、半身が足のない幽霊だからだろうか。
 霊夢に言われたとおり勝手口に手を掛けると、鍵が掛かっていない。
「無用心にもほどがあるわね」
 とはいえ、こんな不気味な夜に夜盗を働く根性の持ち主など、人間にはいない気もするが。
 と。
 境内の方で、なにやら物音がした。
「―――――!]
 妖夢は一瞬で緊張して、刀に手を掛ける。呼気を整え、足音を忍ばせて様子を窺う。
 建物の影から境内を窺う。
 月明かりに照らされて社に映った影は、
 ぴょん、ぴょん、飛び跳ねて、宙返りをして、また降りて。
 両手に握った薄の穂を左に右に振りまいて、
 大きな耳を揺らしながら、月光と縺れて陽気に踊る。
「兎?」
 兎が手をつなぎ、輪になって踊る。
 子供のように無邪気に踊る。
 篭目を模して闇と戯れる。
 その中央に今立ち上がるのは、一際大きな耳と、人間様式の四肢を持つ、少女の形を模した影――
 ……博麗の巫女に義理はないが、怪しき者は糾すべきだ。
 一瞬で結論した妖夢は抜刀し、跳躍して境内の上に滞空した、
「そこな妖怪、神の社に何用だ!」
 兎達は大きな耳を一瞬立てたが、一目散に散り散りになって、四方の森へ姿を消した。
 そして妖夢が狙った一際大きな影は、妖夢の剣が届こうとするまさにその瞬間、驚くほどしなやかに広報へ宙返りをし、神社の屋根にちょこんと立った。剣は地を穿ち、蒼き火花を四散させる。
「もう、危ないなぁ。こぉんな見事な満月の夜に、殺気立ってちゃ楽しくないでしょ?」
 月光に照らされた幼い少女は、黒髪の上に白く大きな耳を備え、天の羽衣のように軽く見えるピンクのワンピースを着ていた。
 妖夢は右手の剣を上方に突き付ける。
「巫女の不在に神社を狙うとは太い根性ね。おおかた賽銭泥棒でも企んでたんでしょ。無駄よ! ここの賽銭箱には葉っぱしか入ってないわ!」
「うん、さっき試したから知ってるわ……」
 兎少女は気の毒そうに肩を竦め、ポケットからU字磁石を取り出して見せた。取っ手の部分に凧糸が結わえ付けられている。
「でもそんなことはどうでもいいのよ」
「よくない。現行犯は罪が重い」
「堂々としてるんだから減刑されるのが普通よね。それよりまぁ聞いてよ。今日は十五夜のはずでしょ?
 なのに何処にいっても団子も薄も準備していないじゃない。兎だって、餅を付く気力もなくなるってものよね。哀れな兎に募金してくれてもいいぐらいだわ」
「今度は募金詐欺の計画か。つくづく業の深い兎だな」
「でも、兎がつく御餅って特別なのよ? 普通のもち米よりも水分が多くて、良く伸びて美味しいの。日持ちもするから地元じゃご贈答に喜ばれるのよ。だから、餅つき兎基金を設立すべきだと私は常々思っているわ。より美味しい御餅をつくる、それが月見団子の充実に繋がるのよ。きっとみんなにだってわかってもらえるはずよ!」
 少女が何を言っているのか妖夢にはよく解らなくなってきた。
 でも、少女はなんだか熱弁なのだ。そう言われればそんな気もしてくる。
「……たしかに御餅は良く伸びた方がいいって、以前に幽々子様がおっしゃっていたような」
「そうでしょう、そうでしょう! ついでに私は黄粉をまぶした方が好きだな」
「黄粉も良いけど、小豆の方が減り方が多かったような。作り方の配分を変えた方がいいかしら……って! そうじゃない!」
 妖夢はぶんぶんと首を振り、再度少女に向き直る。
「そんな御餅談義をしてる場合じゃないわ。この神社でこれ以上狼藉を働くなら、この魂魄妖夢が懲らしめるから、覚悟するように」
「蓬も美味しいわよね。限度が有るけど」
「もう惑わされないぞ。人を外見で判断するのはよくないけれど、どうやらお前は自分じゃ餅をつかないタイプと見える」
 指摘された少女はちょっと驚き、それからにんまりと笑った。
「あなた、意外に面白いわね。こんな遠くまで抜け出してきた甲斐があったわ」
「さぁ、さっさと降参するか、痛い目にあうか決めなさい。私はこの不吉な夜の謎を解きにすぐいかなきゃいけないんだから」
「ん? 不吉な夜? もしかして、あの月のこと解ってるの?」
「あれがまともな月じゃないことぐらい、それなりの力を持った妖怪なら誰だってわかるわ」
「ふーん、そうなんだ。鈴仙の心配が当たるなんて珍しい。案外、みんな高性能なんだね」
 人間兎は小声で呟き、それからあっけらかんと言った。
「それなら心配することないわよ。アレ、わたしのお師匠様の仕業だから」
「な……なんだと?」
「あ、そうだ。もしよかったら連れていくわよ、お師匠様のところに。解決できるかどうかは、わたしのしったこっちゃないけどねー」
 少女が次々繰り出す言葉に困惑極まった妖夢を見下ろしながら、少女はもう一度、陽気な空中一回転を披露した。満面の笑みを浮かべ、大きく両手を広げて妖夢を誘う。
「私はてゐ、因幡てゐ。……あんた、半分ぐらいは幸せになれるかもね」
 少女の背後には、仕組まれた月が鈍く輝いている。 

      ☆

「はやく、はやく、急ぐのよ」
 紫が急かす。紫の肩に座った橙が、向かい風の強さに目を細めている。
「そんなに急ぐことないわよ」
 そう答える霊夢も風と同化している。舞い降りる鷹の様に高度を下げていく。
「まさか、妖夢を待ってあげるつもりなの? えらく殊勝で律儀じゃない?」
「あんたが急かさなければ、忘れ物なんてしなかったんだけどね」
 夜風が強くなってきた。
 森の間に走る一本の小径。日中は里と里を繋ぐ街道として利用されているが、夜も更けたこの時間、行き交うのは妙に生暖かい風ばかり。人心を惑わす怪もまた、闇夜にまぎれて姿を見せぬ。
 霊夢が高度を落として道に沿うと、左右の木々が身をねじって道を広げる。
 霊夢を露払いのようにして、紫が無音飛行で続く。
 しんがりは八雲藍。腕を袖に通したポーズのまま、周囲に警戒を投げかけている。
「ねぇ紫」
 霊夢が呟く。
「なにかしら」
 紫が答える。
「道、変えない?」
「どうして」
「こっちにはそうね、何もない気がするの」
「根拠は」
「しいていうなら、巫女の勘」
「霊夢は本当に嘘に向いてないのね。妖夢をからかうことなんてできないじゃない」
「うるさいわね」
「面と向かって言えばいいのよ、妖怪は連れていきたくないってね」
「そうね。特にあんたみたいな胡散臭い奴だけは連れていきたくないわ」
「妖怪を傷つけるなんて、なんて狭量な人間なのかしら。巫女の風上にもおけないわね」
「じゃぁあんたが風除けになりなさいよ」
「いいの? 私はまっすぐ飛ぶわよ」
「正面に木があっても避けないでよね」
「木に雨露の隙間がなければね」
 視界の隅を、人工物が掠めて遠ざかる。樹陰にさえぎられて見にくかったが、村境と距離を示す一里塚であり、隣には苔むした地蔵菩薩が立っているはずだ。
 通い慣れた道だ。
 目を瞑っても飛べそうだった。
 霊夢は少々覚悟を決めることにした。
「ぜったい、私の前に出ないでよね」
「約束? 命令?」
「祈りかしらね。絶望的だけど」
「私だって神様には逆らわないわよ。ねぇ橙」
 しれっと答える紫。橙は意味が解らないのか、小首を傾げている。
 霊夢は眉間に皺を浮かべて、前方を睨んだ、
 瞬間――
 森が切れた。


 丘に沿った道のその向こうで、
 里の灯りは絶えていた。
 完全に。


「――ここまでやること、ないんじゃないの」
 霊夢は完全に冷静なつもりだったが、少しだけ声が震えていた。自覚していない。
 相変わらず開いた傘を背負ったままの妖怪は、面白そうに霊夢を眺めている。
 二人は里の目抜き通りに立っている。
 いや……正確には町の中央通りだった場所に、立っている。
 そこはもう町ではなかった。
 完全に廃墟だった。 
 橙が、ぶち破られた人家の扉をじっと眺めている。とてつもなく巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、その奥の壁には親子だろうか、大小の人骨が寄り添うようにしてうずくまっていた。
 藍が、悲しげな瞳でそれを見守っていた。
 里全域で、建物の半分は倒壊し、もう半分は消し炭と化している。
 あちこちで野ざらしになった死体が放置されていた。
 人の気配は皆無だ。
「…………このっ!」
 霊夢が転がっていた水桶を蹴飛ばすと、近くの壁に当たり、水のたまった地面で撥ね、遠くの坂道を下って見えなくなっていった。反響する音が四方八方から返って来る。
 だが、いまや八雲紫の表情は、道化を見て嘲笑する貴族のそれだ。
「何がおかしいのよ!」
「霊夢でも人間並に怒ることもあるのね」
「当たり前じゃない。妖怪は人間を食うのは摂理かもしれない。でもこれは虐殺だわ。殺すのを楽しんでる。この後に及んでこんな典型的な遊びに酔う妖怪がこの世界にいるなんて、思いたくないわよ」
 紫は何かを堪えるような仕草をしていたが、ついに耐えかねて口を手で覆い、ついには吹き出してしまった。
「紫! ここで決着つけてもいいのよ?」
「だから、あなたが自分で言ってるじゃない、このお人よし……そんな妖怪がいるわけないじゃない」
「どう言う意味よ」
「だからこれは過剰演出なのよ。物事を過剰にするのは何かをごまかす時の常套手段だわ。言い訳もそう。隠蔽もそう――藍」
 和洋折衷の妖怪は、自分の式神に流し目を送る。
 すると、妖狐の瞳は一瞬瞬き、ついでまるで目から鱗が落ちたかのような、驚愕の表情を浮かべた。
「見えるでしょう、藍」
「……はい、紫様の御力で、私にも見えました」
「? 藍様、何が見えたのぉ?」
「橙――それから、巫女」
「なによ」
「飛ぶぞ」
 刹那、
 八雲藍が回転しながら上空に舞い上がった。
 橙がそれに続き、
 いぶかしげな表情の霊夢もまた、その身を虚空に委ねる。
 最後に、豪奢なソファに腰掛けたポーズで、八雲紫が一同の最上段に陣取った。
 けだるげな表情で、彼女は宣告する。
「博麗の巫女すら遣り過ごすなんて相当練り上げられた古式ゆかしい結界だけれど、私に対しては無意味だわ。私自身が結界みたいなものだからね」
「結界なんて、どこにも」
「結界は見られないためにあるのよ。これみよがしに張られた結界を捌けないのは能なしだけだわ」
 だが、霊夢はそれを感じることすら出来なかったのだ。
 紫から指令を受けた八雲藍が、ほんのり紅く輝く右手を差し出し、廃墟の町にかざした。
 瞬間、
 生まれたばかりの星と同じ色の閃光が夜を裂き、ついで琥珀色を宿した巨大な透明のドームが出現する。
 橙が彼女らしい感想を漏らす。
「なにこれ……まるで鮭の卵みたい……」
 透明半球の内部には、先ほどまでと同じ道で区切られた町が収まっている。違っているのはどの家々も生前と立ち並び、窓には緩やかな灯りが燈っていることだ。廃墟は一変し、それは今から安らかな眠りにつく人の営みそのものだった。
 霊夢が呆気に取られて言う。
「こんなの、私知らないわよ。この里には今までだって何度も来ているのに」
「でも、今日私が教えてあげたでしょう? 勉強になって良かったわね」


「だが、世の中には知らぬままでいいこともある」


 そこに、新たな人影が浮かんでいた。
 霊夢は月を背にして振り返る。
 月光を受け、床に転がって広がる反物の如く、
 薄く薄くこちらに広がる雲を背景に、
 凛とした少女が長い髪をなびかせる。青白き髪が炎の如く逆巻く。
「あんただれよ?」
「姓を上白沢、名を慧音という――博麗の巫女よ」
「私を知っているのね」
「お前は自分について無頓着過ぎる。自分の力について、自分の存在について、自ら問うことをしない。それは人間としてはあるまじきことだ」
「うるさいわね。心臓に悪い手品を見せられて、こっちはかなりむかついているのよ」
「だから、人間とも妖怪とも容易に心を交わらせ、自分でも知らないうちに害を成すことすらある。それが博麗の巫女としての理、ひいてはこの世界の成り立ちにとって正しいことだとしても、人間は守らなくてはならない」
「霊夢、偉そうなこといっているけど、こいつは獣よ。人間に慈善活動して自己満足している変わり種ってだけ」
「満月が出てなければ人間と大差ない……だが、同じ意志を持つ者にとって、人間と獣との垣根に何の意味があろう。そちらだって、人間と妖怪が列を成して夜を徘徊している」
「あのー、妖怪にくみしてるって誤解ははなはだむかつくんですけど」
 上白沢慧音は答えない。
 上白沢慧音が輝く。
 神の如き原初の光背を纏って。
 それは歴史の端緒に示され、失われた過去の結晶だ。
「結界は見えても結果は変わらない。我らの決意は決して曇らないからだ。時間の澱むこの不吉な夜から、私は人間を守る」
 臨戦体制の八雲藍の向こうで、橙を優しく抱き寄せた八雲紫が壮絶な笑みを浮かべている。
「ねぇ橙、見えるかしら。龍の泣き所が美しく光っているわ。メインディッシュじゃないけれど、結構楽しめそうで嬉しいわね……」
 橙は神々しく広がっていくその光を、目を大きく開けて茫然と見ている。
 お互いの緊張感は臨界に達しようとしている。
 霊夢は仕方なく、お払い棒と札を構えた。
「誤解は力づくで解くしかなさそうね。ああ、ほんっとにもう! どいつもこいつも血の気の多い奴ばかりなんだから。弾幕無しでもてなそうって奴、大歓迎中よ」
 ただ、
 実を言うと、
 霊夢自身も少し暴れたい気分だったのだ。
 全てを狂わせるあのおかしな月のせいかもしれない。  
 とりあえず、そうしておくことにした。
 今は。

      ☆

 ここは東の山奥の彼方に有る、小さな小さな世界。
 霊的な結界によって守護され、外界からもほぼ完全に遮断されている。
 不思議なことに、外の世界でなくなった動物や物品が、この場所では色濃く息づいている。
 歴史から隔絶されて。
 妖怪も、人間も、霊も、おなじように。
 ここは理想郷ではなく、ただあまたの想像が昇華する場所。
 だから東の山奥のこの里を、思慮深き日本人はただ、
 ――幻想郷、と呼ぶ。