絢嵐幻奏 山々の木々を薙ぐような疾風が吹き渡っている。風音と葉擦れの音がうなりを挙げ、千切れ飛ぶ木の葉草の葉は数多。世界に低い轟音が満ちて動き行く灰色の天井を目指す。 ただ、その涙はまなじりに溜まったまま。 今はそう、 真っ白な五線紙に、目に見えないペンによって、楽譜がまさに書き入れられようとしている瞬間だった。 ――残暑の名残で焼けただれる日。西の空から伝わってきた積乱雲はあっという間に大気を覆ってしまった。まるで乱暴な巨人の掌のように。 現世と幻想郷、両界の境目であるここ博麗神社でも、「彼」の到来を目前にして、普段は滅多に使われることのない雨戸がガタガタと閉められていく。 「……やれやれ。立て付け悪いったらないわ。上手く閉まらないじゃない、のっ」 「古い家に住むと大変そうだな」 「誰かさんが傍観してるから大変なんだけど」 「そりゃ大変だぜ」 魔理沙が、夏を過ぎても相変わらずしっかりと立つ向日葵の花をちょちょいとつつきながら、霊夢の悪戦苦闘を傍観している。いつも通りニヤニヤと笑いながら。 「颱風がここまで律儀に幻想郷を直撃することなんぞ滅多にないんだから、楽しむのもいいんじゃないか?」 魔理沙の意見に概ねは同意したい霊夢であった。大きな風と雨は、森に試練と潤いをもたらすからだ。しかし最近は長月の颱風がかなり多くなっている気がする。博麗大結界の向こうの空がいつまでも夏なのも気に掛かるところではあった。気にしてもどうしようもないのでそのうち忘れはするのだが。 「……あんた、そんなこといってていいの? このままだと帰れなくなるし、自分のボロ小屋吹っ飛ぶわよ」 「脳天気な巫女と違って日頃から備えは完璧、もし飛べなくなったらここで寝るからいい」 「私の許可はいらないのね」 「美味しいのなら頂くわ」 ゴロゴロ、ゴロ……。 低音が耳朶に響いていく。遠雷。 そして、 溜息をついた霊夢の頬を水滴が掠め、 手を広げた魔理沙の頬を水滴が掠めた。 風が一層、強くなる。 「……おいでなすった」 魔理沙が天を仰ぐ。 霊夢が目を細める。 全てを見通す「神」の瞳に、重き暗灰色のヴェールが被せられていく。 ☆ 「さて、私たちはいったい何処へ行くのでしょうか」 「最初は目的地があったような気もするんだけど」 「浄土とか閻魔様のところでなければ、何処でもいいけどね〜」 暴風の夜。典型的な颱風による轟々としたソナタ。南より神州に上陸した巨大な渦巻きが横殴りの雨を叩き付けている。 その夜空を三人のカラフルで呑気な騒霊たちが吹き飛ばされていく。 最初の黒いのがルナサ、長女。 次の紅いのがリリカ、三女。 最後の白いのがメルラン、次女。 プリズムリバーという姓を持つ彼女たちは、常日頃から離れて行動することがほとんどない。完全な根無し草という訳でもないのだが、怨恨によって顕界に留まる幽霊ではないし、人を襲って楽しむ妖怪でもない。今となっては目新しい音を探す以外に目的無き気楽な幽体であるが故、性格も浮ついてしまっていて、こんな風にふらふらと夜空を徘徊することも結構多い。もちろん嵐の中を飛び回れば自分の意図しない場所に吹き流されることは言うまでもないのだろうが、彼女たちにとっては特段大したことではなかった。 現在の彼女たちにとっては、己の享楽こそが、守るべき唯一の価値観なのだから。 「それにしたって、今夜は酷すぎるけどね」 「ルナサ姉さんは心配性だねぇ〜」 細い目を更に歪めながら顔をしかめるルナサを、メルランがくすくす笑っている。突風で顔に掛かる癖毛をくりくりといじりながら。 「もお、メルラン姉さんが何も考えてなさすぎなのよ。いっつもね」 その様子を見ながら腕組みするのは三女だ。彼女は物事が自分の思い通りにならないことを好まない。狡猾に裏から操るのが大好きなので、姉二人の態度についていけないと思うことも多々ある。それでもついていくのだが。 「考えたところでどうなるわけでもないじゃないの」とはメルラン。 「そりゃそうだけど」 「リリカは考えすぎて嫌なことばかり思いつくからなぁ」 「ルナサ姉さんは考えるのやめるのが早すぎるんじゃん」 「ちゃんと勝負すればいいだけだから」 「颱風にどうやって勝つの? 二槽式洗濯機でも使う?」 「いいかもね。脱水は人力ってところが好き」 にっこり笑うルナサに、リリカは溜息をついた。メルランは相も変わらず笑いっぱなし。 黒々とした森から、折れ飛んだ枝が天に向かって飛んでくる。結構大きい。メルランがふわりとかわす。 「あ、ひょいと」 「騒霊だから避ける必要ないんだけど」 「痛そうだしね、見た目からして」 ところが、避けたはずの三人と、飛んでいく枝の距離が全然変わらない。 「……よけたんじゃなかったの? メルラン」 「そのつもりだったんだけど」 「つまり、あれね」 リリカが指を立てて指摘する。 「私たちも吸い寄せられてるのよ、アレに」 「……鯉が餌を吸い込むみたいね」 「鯉は吸い込んじゃ吐き出すものだけれどね」 リリカが指が指し示すのは、天。 時折紫電を孕んで光る巨大な……そう、空を覆った巨大な円盤が、みるみるうちに近づいてくる。 「うあああああああああああああ」 「ひゃああああああああああああ」 「あははははははははははははは」 二層式かどうかはさておいて、颱風の中はまさに自然が生み出した巨大な洗濯機だった。水と風と轟音と回転の狂乱。酵素パワー配合の洗剤がぶち込まれれば、きっと肌までつやつやのつるつるになったことだろう。 颱風の中にはホットタワーという、天に伸びる塔が何本も内在していて、地上から吸い上げた熱や水分を天井に押し上げる。これを養分に颱風は成長するわけだ。 その空洞部分を三人はぐちゃぐちゃに揉まれながら吹き飛んでいく。それでも、三人がはぐれずに一団を形成している様は見事な宿業としかいいようがない。 このまま成層圏ぐらいまで――あるいは、その向こうにある極楽浄土まで吹き飛ばされてもおかしくはない惨状だったが……運命は、彼女たちにそういうありがちな結果をもたらしはしなかった。天界にとって、彼女たちの騒々しい訪問は甚だ迷惑、ということなのだろうか。 突然、世界が広がった。 低い遠鳴りが伴奏としてとって代わる。第一楽章が遠ざかる。 霊体すらも押しつぶすかと思われた轟音から、いきなり解放されたのだ。ルナサは(霊体なので濡れないにも拘わらず)腕で顔をなんども拭って周囲を確認する。 「あう……酷い目にあったわ。あー、メルラン、リリカ、いるわね」 「はぁい」 リリカは逆さまになったままふらふらと漂っている。その向こうを、両手を広げてコマのようにゆっくりと回転しているメルランがいる。 「たのしかったぁぁぁぁぁ」 ぐるぐる目を回した顔がにやけている。いつも躁状態のメルランは単純な娯楽がおおよそ大好きなのだ。 「やっぱり家にいたほうがよかったね、ルナサ姉さん。これじゃ只の馬鹿だよ」 「ばーぁかぁー、うふふふ、ばかばかー」 「よろこんでちゃだめだよメルラン姉さん……」 ルナサはゆっくりと頭を振り、空を見上げた。 風は渦巻いて緩く、空は明るい。 青黒く輝く夜空が、巨大な雲の輪によって仕切られていた。その中央に、満ちていく月が浮かんでいる。 「台風の目に入っちゃったみたい」 「不思議な光景だね」 「くるくるくるくる〜」 見事な雲の壁をゆっくりと見下ろしていると。丁度自分たちの真下……森の一角、開けた小高い緑の丘がある。そしてその天辺に、見知らぬ、長い髪の少女がいるではないか。 「あれ、あの子……だれだろ」 ルナサが指し示す指先を、妹たちが見つめる。どうやら先方もこちらに気づいたようだ。長い髪を押さえて、慌てて顔をそらしている。 「いってみようか。暇だしね」 「そうだね。どっちにしろ、ここにずっといたらまた台風に飲み込まれちゃうよ」 「くるくるくる〜」 「姉さんもういいから」 三姉妹が空から舞い降りると、草に覆われた丘の中央に立つその少女は、突然の飛来者にびっくりして、逃げるわけにも隠れるわけにもいかず、ただもじもじとその場に立ち尽くしていた。 丘の緑は水をたっぷりと含み、月の光を艶やかに弾いている。 「こんばんわ」 「ばんわ」 「くるくるくる〜」 顔を伏せる少女。長い髪は雨に濡れ、所々に穴の開いた緑の服は風に煽られている。 「………………」 「………………」 三姉妹を代表して、ルナサが少女の前に浮かぶ。少女は長い髪によって顔が隠れてしまっている。ちらちらと窺える表情は、紅く染まっているようだ。 「えーと」 「………………」 「あのー」 「………………」 「うーん」 「………………」 「何やってるんだよ姉さん」リリカが腕を組む。 「いやまぁその、未知の生物との第一種接近遭遇を」 「………………」 「それも楽しいけど、話進まないじゃない」 「つまりあれよね」 いまだにくるくると回転していたメルランがぴたりと止まり、ずずいっと少女に顔を近づけた。 「あなた何やってるの? こんな所で、一人で」 「………………」 白い少女の笑顔に少しのけぞった少女は、ゆっくりと顔を伏せ、小さく呟いた。 「う、歌を……その、歌ってたの」 「歌ぁ?」 三姉妹がハモる。少女はびくっと震えながらも、小さく頷いた。 「うん。歌。私、歌いながら踊るのが大好きなの」 真っ白な両手を擦り合わせながら少女は呟く。 「こんな風の強い日にはいつも大きく手を広げて、くるくると回って歌を歌うの。風に合わせて、雨と一緒に。それはとても、とっても気持ちがいいから…… でもね。森のみんなには、私の歌は恐ろしい響きにしか聞こえないし、私の踊りがおぞましい影の揺らめきにしか見えないから……人も動物も恐れてしまって、誰も近づいてこないの……」 「ふむふむ」と腕を組むルナサ。 「だからね、そろそろ止めようかと思ってたの。今日は風がとっても気持ちいいし、最後にするならこんな夜かなぁって。そしたら、急に雨が止んで。見上げたらあなたたちが浮かんでて」 「なるほどね」とルナサ。 「歌? どんな歌うたうの? 聞いてみたいわぁ。ね、姉さん、リリカ」 メルランは無邪気に笑うが、リリカは周囲を見回して、 「メルラン姉さんは何でも楽しいからいいけど……確かにこれだけ聴く人いないんじゃ、楽しくないよねぇ。誰もいないところに音楽が流れてたら、妖怪でなくても夕方六時には帰ろうと思うわよ。ほら、『遠き山に日は落ちて』っていうじゃんか」 「……そう、だよね……」 肩を落とす少女の頭に、ルナサがポンと手を乗せる。 「誰かに下手くそって言われたことあるの?」 少女は小さく頭を振る。 「誰かに不気味だって言われたことあるの?」 もう一度小さく振って、 「でも」 「あなた真面目すぎなんだ。ひとりで悪い方にばっかり考えてるから、寂しくなっちゃうじゃない」 「だよね」 「私は寂しいことなんてないけどね」 「メルラン姉さんにはないのかもね」 「………………」 「それにさ。誰も知らないんじゃ、評価なんて出来るわけないじゃない? ……だったら、本当かどうかは私たちが決めちゃおう。どうせ私たちしかいないんだしね」 「え?」 ルナサが振り向くと、 「ルナサ姉さんならそういうと思ったよ」とリリカは溜息をつき、 「そうね。今夜の演奏はすごく楽しそう〜」とメルランは飛び上がった。 ルナサは少女の前髪をわけて、その奥できらきらと輝く大きな瞳を覗き込む。 「私たちは、楽士なんだ。音を大切にする人は嫌いじゃないかもしれない」 そういうと指を一つ鳴らして、自分の愛用のヴァイオリンと弓を呼び出した。 倣うようにメルランが口笛を吹き鳴らし、トランペットを構える。肩を竦めたリリカが両手をぱちんと合わせると、その中央にキーボードが浮かび上がった。 「さぁ、歌ってよ。長いようで夜は短い。一緒に楽しみましょ」 ルナサが弦を摘み、肩に構えた木製の弦楽器を軽やかに弾き鳴らす。 それが合図になった。 どうしていいか分からないような表情を浮かべていたのもつかの間―― やがて少女は、意を決したように歌い始めた。 手を広げて、天を抱くように、大空を振り仰いで。 ……その歌がどういう歌だったのかを改めて記録するのはとても難しい。三姉妹の誰もその曲を知らなかったから。もしかしたらそれは、曲ですらなかったのかもしれない。ただ、自分たちが弾いている曲はいつもの曲なのに、此の夜に限っては、その少女の歌のための完璧な伴奏曲になっていた。 しばらくすると再び豪雨が降り注ぎ始めた。もちろん、第一楽章の主題と同じ、烈風と紫電と共に。丘の上が颱風の目から外れてしまったのだ。それでも、三人と一人は演奏を続けた。むしろ風が強まり、雨が大地を叩けば叩くほど、彼女たちの演奏は軽やかになっていくのだ。 ――――ちゃん。 いつしか。 高らかに響き渡る楽曲の向こう、繰り返される旋律に重なるように……三姉妹たちは新しい何かが聞こえるような声がしてきていた。 ルナサにはそれが、自分に甘える声のような気がした。 リリカにはそれが、駄々をこねて泣く声のように聞こえた。 メルランにはそれが、大粒の涙を流して自分の名を呼ぶ声に聞こえた。 ―――お姉ちゃん。 それは、とうの昔に別れてしまった、 それは、記憶の向こうに大事にしまった、 それは、誰よりも何よりも大切な、 そういう声。 過去になってしまったけど、確かにあった時間。 ルナサは曲のテンポをさらに早めた。 リリカは鍵盤を高く打ち鳴らし、 メルランは轟音を切り裂く金管の叫びを挙げる。 楽しいはずの曲が、 軽快に弾む旋律が、 どうしてこんな風に聞こえるのだろう。 胸の奥の鍵穴には既に正しい鍵が刺さっているのにひねるのを躊躇われるような、そんな気持ち。長らく覚えなかった、胸をかきむしるような情念が沸いてくる。 三人が一心に吹き鳴らすその曲の中央で、少女は今も踊り、高らかに声を挙げる。 それはまるで、白い壁に映える炎のように。 ―――ずっと一緒にいようね、お姉ちゃんたち。ずっと一緒だよ。だから―― 永遠の床につくその瞬間まで、「彼女」は笑い続けた。 あの時も笑っていただろうか、とルナサは記憶をまさぐる。 あの時も笑っていたよね、とリリカは願う。 あの時も笑ってたよ、とメルランは思い出す。 彼方で雷の音がする。 龍の形をした閃光が、雲の狭間を行き交っているのが見える。その咆吼すら、彼女たちの交響曲に取り込まれ、織り上げられていく。 嵐の下で、 舞い踊る少女の微笑みの上で、 飛び回る三人の騒霊の演奏の中で。 全ての音が調和する。 劇的なその最後の瞬間を織り上げていく。 人間の耳には決して届かない、もう二度と誰も演奏することの出来ない、その曲。 ――それでも。 少女は笑っていた。 今まで髪に隠れていた顔は晒されている。頬は紅潮し、汗と共に上気し、満面の笑みを湛えている。 その指はしなやかに、 その足取りは円を描いて。 少女の踊りが最高潮に達し、両手を高々と天に差し伸べた、 ルナサが、 リリカが、 メルランが、 見知らぬ少女によってその表現がある頂点に重なり合った、 風雨と演奏が最高のベクトルを顕した、 その瞬間。 白き――― 轟音――すなわち、断絶。 『一人にしないでね、お姉ちゃんたち。』 ……主題たる旋律が曲の中で何度も何度も繰り返されるのはきっと、演奏が終わっても、音の精霊がその場を去っても、高揚したあの瞬間をいつまでも覚えていられるように願うから。 それは儚い願い、 真摯な祈りだ。 全ての事物が幻想になるこの郷において、それが叶えられるかどうかは――定かではない。 ☆ 朝日が顔を出そうとしていた。 黒い雲は過ぎ去り、乱れた大気が斜光と共に露わになってくる。自然が生み出した刹那の造型。雲間から降りてくるヤコブの梯子。或いはそこに美を見出す者もいるのかもしれないが、少なくとも……いつもと同じように空を漂うプリズムリバー三姉妹にとっては、縁のない詩情だった。 「あああああああ、まだ頭がじんじんするよう」 赤いリリカが頭を抱えている。 「めーがーまーわーるー」 白いメルランがくるくる回りながら漂っている。 「うーんと。……何してたんだっけ。うーん、思い出せないや」 そして、黒いルナサが腕を組み、不思議そうに首をひねっている。なんだかとっても面白くて、なんだかとっても楽しくて、それでいてなんだかとっても懐かしいような、そんな夜だった、気がする。それら全てを真っ白い轟音が現在進行形でかき消そうとしている。仕方ないなぁと思いつつも、勿体ないような、そんな気分が膨らんで、やっぱり仕方ない。 「とりあえず嵐も過ぎたし、朝も来たし、うちに帰ろうか」 「そうね、ルナサ姉さん」 「さんせぇい〜」 三人揃って、東の空を目指す。 深く考え込むのは、この騒霊三姉妹にはまったく似合わないからだ。もちろん、彼女たち自身も自覚している。そうやって一日一日、漂うように存在してきたのだから。 ただ。 何故かは知らないけれど。 それぞれの指に不思議な感覚が宿ったまま、離れない。 なんだか無性に、演奏したいような、そうでないような。 もう太陽が昇るというのに、もう少しばかりは眠れなさそうな予感に抱かれつつ、騒霊たちは空を渡っていく。 穏やかになった風が、聞き覚えのあるメロディの残滓に聞こえないこともない。 「あー、こりゃひどいな」 「家がつぶれなくて良かったわよ」 「まったくだ。ボロ屋はかなわないぜ」 「食事代払いなさいな、今ここで」 巫女と魔法使いが、晴れ渡った空から緑の大地へと舞い降りる。まだ颱風の名残が吹き渡っているが、黒雲の姿は全天の何処にもなく、千切れ飛んだ浮雲が刻一刻と形を変えている。 二人の目の前には、焼けただれた大樹の姿があった。かつて何百年にも渡って周囲の森を睥睨していた、一本の楠。大きく広げた幹の葉は風にむしられ、丸裸にされた上で枝は炎に包まれたようだ。大きく開いた雨露は裂けてしてまっている。その奥を覗き込むと、水滴が今も滴っていた。 昨夜遅く、神社から少しばかり離れている小高い丘の付近から、大規模な雷鳴と落雷音が響き渡ったので、二人は嵐が過ぎてから見物にいくことにしていたのだが。 「……見事に真っ二つだな。まぁ森が近くになくてよかった。山火事になると大変だぜ。でも、今までなんで雷とか落ちなかったんだろう」 「………………」 気楽な表情をしていた霊夢の瞳が、何に気づいたのだろう、すっと細くなる。炭化した木皮をそっと撫で、指先に付いた黒い汚れをじっと見つめる。 「どうした? 霊夢」 「なんでもないわよ。なんでもないけど、」 霊夢は大樹を見上げていく。耳の奥を、なにやら微かな音がくすぐるような気がする。 楽しそうに、何処か寂しそうに。 「私の知らないところで楽しいことが起こっているなら、ちょっと悔しいじゃない?」 二人が見上げる、 炭化した幹の先の空に風が吹く。 それは嵐が連れてきた――移り行く季節の風。 誰かが祈る音楽にも似た、見慣れた秋の訪れ。 (初出 twirl-lock様発行 「霊偲志異」 『亡風閻葬 〜Our Dear Concerto』改題) |
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