事故で両親を失い、亡くなった父親の跡を継いで
パン屋・もみじベーカリーの店主として
切り盛りしている。
弟の拳児と二人暮らし。
誰にでも好かれる優しさを滲ませている。
俊平にとっては雇用者というより、
姉弟のような関係になりつつある。


麻榎内 秋
Makanai Aki


過去を生きる女性。
彼女の瞳は、
全てを知るが故に、
また、悲しく。



・・・この場所が好き。
イーストや小麦の匂いが好き。
窯を開けた時、むっとするように立ちこめる熱気が好き。
美しい茶色に焼け上がったパンの列が好き。
使った材料や器具が雑然と並んだ、厨房の流しが好き。
それを片づけていく時間が好き。

時折鳴る古い黒電話の響きが好き。
母屋で鳴る古時計の音色が好き。
暖簾を押してお店に出ていく瞬間が好き。
整然と並んだ陳列棚が、そこで手に取られるのを待つパン達が好き。
もちろん、全部売れてしまって、何もなくなった棚も好き。
ブラインドの向こうから流れ込んでくる日の光が好き。
扉が開くたびに可愛い声で歌うドアベルの音が好き。
店の前の植え込みで小さく咲く花が好き。
水を撒くたびに輝く飛沫の彩りが好き。
坂から登ってくる風が好き。
屋根に登って見た、遙か遠くのこの街の風景が好き。
坂の向こうに消えていく夕陽が好き。
夜空にいくつもいくつも瞬く星の天井が好き。大好き。

人の笑顔が好き。
パンを買ってくれた時の笑顔が好き。
「おはよう」「又来てください」・・・なんでもない挨拶の瞬間が好き。
お店が人で溢れる騒がしさが大好き。
お店から人がいなくなる寂しさも、好き。

人の笑顔が大好き。
いつも笑ってくれる人がいてくれるのが好き。
何時もそばにいてくれる人がいるのが、好き。
それが、私の一部になっていく時間が好き。
それが、私と一緒に歩いてくれる刹那が好き。
叶えられない願いだと分かっていても・・・それでも好き。大好き。

好き。大好き。絶対に離さない。

だって、それは・・・私の中にある時間だから。


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