■幕ノ終


 蓋を開ける、大切な記憶。
 雨が去った後の大気そのままに、澄み渡っていく――。

 手を繋いだ双子が、紅く灼けた空の下を歩いていた。
 神社を背にして。
 同じ顔、同じ浴衣。髪型だけが違う。
 楽しげで、どこか寂しげな囃子はなおも続いていたが、それももう遠ざかりつつある。鎮守の森の鴉の鳴き声を聞きながら、帰宅の途に就こうとしていた。
 二人の祭りは終わろうとしていた。
「・・・おねえちゃん」
「ん? なぁに」
「あれ・・・どういう意味?」
 妹が指を差す。
 まさに潜ろうとしていた鳥居の柱に刻まれた印。
 曲玉を二つ組み合わせた、宇宙の形を最も単純に示すカタチ・・・太極図。
 白と朱に塗り分けられていた。
 姉は、妹の問いに答えようと小首を傾げて、ふっと笑った。
「わかったよ」
「え、なになに」
「これはね、きっとね・・・わたしたち」
「・・・?」
「二人は同じだけど、色が違うの。でも、二人ならぴったり合うでしょ?」
 妹の顔が綻ぶ。
 姉への羨みは失われている。
 それはきっと今、自分が目の前の姉と同じ顔をしていると知っているから。
 その瞬間を共有していると信じられるから。
 そして、大きく頷いた。
「そうだね・・・そうだね・・・!」
 繋いだままの手をぎゅっと握りしめた。
 決して離さないように。
「じゃ、帰ろうね」
「うんっ」
 二人は並んで鳥居を潜った。
 下り階段にさしかかる寸前で、妹は姉にもう一度呼びかける。
「ねぇねぇ、見て!」
 天を指差す。
 姉に教えて貰ったことのお礼をするかのように、勢いよく。
「まだ青空が残ってる!」
「・・・ホントだ」
 二人は天を仰いだ。
 青空と夕闇が混じっていき、紫に成り行く時間を押しとどめるように、天には蒼き天窓が残っている。その真下には、林立する高層ビルと、何処までも広がる家々の屋根。
 二人が生きている街が広がっていた。


 そう、きっと。
 私はこれからも、雲間に消え入るようなあの、小さな青空を探して生きていく。
 世界を旅して循環する水のように、
 灰色の都市に暮らしながら、
 繰り返し、
 繰り返し、
 何度も何度も迷いながら、
 雨に惑いながら、
 大事なことを忘れながら、
 思い出しながら。
 近づいては傷つけ合い、
 遠ざかっては恋しくて、
 遊ぶように、藻掻くようにしながら、
 小さな羽根を懸命にはばたかせて。

 一人だけど、
 一人じゃないから。


 ・・・バスに揺られて、私はあの都市に帰っていく。
 心地よい微睡みの中で。
 今も残る、幼い頃の掌の感触と一緒に。


 お姉ちゃんと、一緒に。



<了>


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