「結界太刀」 風。 吹き下ろすのは、剣山のように連なる杉の樹海。 緑に灰色をまぶしたような、濁った色をしている。 これらの常緑樹はかつて外界で生活の糧として植えられたのだが、林業が巷間で職業としてのリアリティを失っていった結果、最近ではその出自すら忘れられてしまった。故に、こうして幻想郷の森を少しずつ浸食しつつあるのだ。 ただ、従来からある落葉樹の混合林もまたその勢いを失うことなく、 年々活き活きと繁茂していく。 「・・・幻想郷が広がっているみたいですね。それも、急速に」 一際高い杉の木のてっぺんで、二の腕に相棒の鴉をとまらせた少女が呟く。 射命丸文。 幻想郷に古くから住まう天狗の一族である。また、幻想郷で起こる事件を知らしめる為に日夜記事を書き、「文々。新聞」という不定期刊行紙を発行する新聞記者を自認している。 もっとも、新聞の供給先は大半が天狗仲間達であり、彼らも又新聞を書いているので、実質的には同好の士の閉鎖的コミュニティのようになってしまっている。が、文は気にしていない。たとえ新聞とはいえ、活字になってしまえばいつか誰かに読まれる可能性もある。そして・・・最近では多分、恐らく、読者は増えているはず。確証はないが、多分。 そんな彼女だが、なんとなく思うことがある。 ――最近、ちょっと事件が多すぎはしないか、と? 先日も、幻想郷のあらゆる花が一斉に咲き乱れるという事件があった。 例によっていつもの如く、幻想郷に住まう少女達の適当な活躍によって穏やかに事は収束していった。が、彼女たちはいつも何かが起きる事件に場当たり的に対処するだけで、異変が頻発している回数について危機感を覚えている素振りは皆無だった。 今回の異変に限っていえば、昔からある周期で発生している慣例のようなもので、文もそのことをあらかじめ知ってはいたのだが、それをさしひいても――ここ百年あまり、幻想郷ではそれこそ毎日、酒宴の如き騒ぎが持ち上がっては消えていく。 文としては、事件があったほうが新聞も作りやすく、また面白いとも思う。 思うのだが。 その一方で、まるで誰かに望まれているように頻発する事件を胡散臭いと思わなくもない。 言うまでもなく、天狗は太古よりこの地に住まう一族である。人間よりも古い伝承を、色褪せぬままに数多く伝えている。だからこそ、短期間に連発する事件に謎を感じるのだ。 もちろん、人間と違って、彼女には簡単に不安を覚えるメンタリティなんて存在しない。 「・・・単なる気のせいかもしれませんけどね。先には何百年か暇な時間があるかもしれないんだから」 そう考えると、余計なことを考えず、今のうちに沢山の事件を追うのが賢明だろうとも思えてくる。事件が少ない結果、文字の大きな、空欄ばかりの新聞なんて誰も興味が湧かないだろうから。文だってそんな新聞は作りたくない。きっと今はそれなりに幸せな時期なのだ。 手を伸ばす。鴉が大きく翼を広げて飛び上がった。 それを追って、文もまた空中へと躯を踊らせる。 右手には天狗のトレードマーク、伝来のヤツデの扇。 一回だけ大気を扇ぎ、勢いを付け―― 風。 幻想郷に吹き下ろす、山からの旋風。 木の葉も翼も天に導く、彼女は風となる。 幻想郷を見守る為に。 ☆ その日も、新たな事件を仕入れるべく博麗神社を監視していた文だったが、彼女はそのことを酷く後悔していた。事件のない時の博麗の巫女は怠惰きわまりなく、起き出して適当に境内の掃除をした後、食前酒を飲み過ぎて早々と布団に転がるまで、縁側でひたすらお茶を飲んでいた。都合三十杯はお代わりしている。自分のネタ帖に並んだ正の字を見て、彼女はがっくりと肩を落とした。 「あんな人間が巫女をしていていいんでしょうか・・・? きっと閻魔様もお怒りだわ」 これでは、幻想郷の人間達が博麗の巫女に不信感を持っても仕方ないだろう。 むしろ、地理的条件によって彼らが霊夢に容易に接触出来ないのは、かなり幸運では無いかとさえ思われた。結果的にせよ、彼女に護られているなどとは彼らの矜持に傷が付いてもおかしくない。 「ええと・・・『博麗の巫女がお茶を啜る日・・・彼女のお茶は徐々に出涸らし傾向に戻りつつある。急須に新茶を入れようとして躊躇うこと三回、吝嗇の精神は今もって改善されず・・・』」 一日の成果がせめてボウズで終わらないようにつらつらと書き連ねてみるが、やはりこれは事件ではなくて単なる覗き記録だ。への字口の文は頭を二、三度かくとその頁を破り、くしゃくしゃに丸めてポケットに仕舞った。 巫女が何もしないということは、つまり幻想郷は退屈なほどに平和だということなのだ、きっと。 「もう帰ろ・・・」 神社を見通せる楠の枝から飛び出す。遠くで相棒の鴉がかぁかぁと啼いている。山のお寺の鐘は鳴っていないものの、焼けただれた夕焼けが全天を紅に覆っていた。 そのまま飛んで帰るのも味気なかったので、境内の入り口付近に降り立つと、鳥居を潜って階段を下りていく。空を飛ぶのも気持ちいいが、記者は足で稼ぐという言葉もあるくらいだ。普段通らない道に何か新しい発見があるかもしれない。きちんとした文章で升目を埋めることを身上とする彼女は、幻想郷の妖怪でも比較的生真面目な部類にはいるのだろう。 左右を森に囲まれた階段。 不揃いの石で積まれたそこを、きょろきょろと眺めながら降りていく。 木漏れ日も紅に染まっていて、どこか心細い、急かされるような雰囲気。 それがまた心地よくもある。 と。 階段を下りきり、最後の鳥居を潜ったところで、文は或る物を見つけた。 紅い木漏れ日の中にぽつねんと転がっている、 小太刀が一つ。 「何だろ、アレ」 文はてくてくと近寄ると、団扇を脇に挟んで小太刀を取り上げた。 一尺八寸ぐらいの長さで、意外と軽い。白い布がきちんと巻かれた柄。刃は紅い鞘に収められている。そして、鞘には見慣れた白黒の太極印が刻印されている。となれば、 「・・・どう考えても博麗神社のものですよね。だとすると、巫女の落とし物かしら」 まったく迂闊にも程がある。 しかも巫女は今日一日、神社から出歩いていない。自分が馬鹿正直に監視していたのだから間違いはない。すると、この小太刀は一日以上ここに落としっぱなしだったのだろうか。見ればなかなか立派な拵えで、神社には珍しい本物の神宝みたいだ。神社にほかにどんな宝があるのかは知らないけれど。 ともあれ、どんな理由で持ち出したのかしらないが、軽々しく放置しておいて良いものとは思えない。 いや・・・これはもしかして、新しい事件の発端なのだろうか? 巫女が普段持ち出さない物を持ち出した理由とは一体? 「・・・これは、すぐに帰る訳にはいかなくなりましたね!」 気合いを入れて鞘を握りしめる文。 だったのだが。 「何やってるんだ、こんなところで」 「え?」 振り向くと、愛用の箒を握った盗賊・・・もとい魔法少女、霧雨魔理沙が立っていた。 なんだか水を得た魚のように、人の悪い笑みを浮かべている。 「あ、いや別に。その、取材中です。ご指摘されなくても、プライバシーには最大限留意していますよ」 「怪しいぜ」 「何がですか?」 「公正明大、聖域皆無の新聞記者がいやに狼狽えているじゃないか」 「べつに狼狽えてませんけど」 「じゃ、その手に持った見目麗しい剣は何だよ」 隠れての取材はお手の物でも、こういう場面に慣れていない文は、お約束なことに背中に隠してしまう。 「なな、なんでもありませんよ?」 「残念ながら見えちゃった。霊夢の陰陽マークがくっきりとな」 「いやだから、これはここで拾った物で」 「事件が無くて暇だからって、自分で窃盗事件を起こした挙げ句、今度は偽証か」 「嘘じゃありませんよ!」 拙い。 天狗少女の額から冷や汗が滑り落ちる。 薄笑いの似合う魔理沙について、文は以前、「文々。新聞」のスクープ記事として、某屋敷への窃盗襲撃現場を大々的に載せた経緯がある。逆恨みするような性格ではないはずだったが、魔理沙が文をあまり快く思っていないのは確かだろう。面白がられていびられるのも嫌だったが、これを機に自分の新聞の悪評を広められては叶わない。 「こうなってくると、お前の新聞の信憑性も怪しくなってくるぜ」 ・・・ほら来た。 「そんなことはありませんよ。第一、あの時は被害者も加害者も、目撃者もしっかりしてたじゃないですか。逆立ちしたって貴女が悪いのは自明の理です」 「報道被害という言葉もあるが」 「犯罪者がいうことじゃないですね」 「お前だって同じ事をしているじゃないか」 「だからぁ・・・それに、今回は被害者が居なくて、たまたま私が拾ったところを貴女が見つけただけですよ。私が博麗神社から窃盗するなんていう事実は何処にもありません」 「だが、お前がその小太刀を持ってるっていう事実はある」 「これから博麗霊夢さんに届けようと思うところだったんですよ。そうですよ!」 「ふぅん。だけどな、今回はこっちも面白い物を持っているんだなこれが」 「・・・なんですか?」 嫌な予感がした。 魔理沙が持つ黒い塊、あれは……。 「カメラ?」 「香霖が面白い物が外から流れ着いたっていってたんだが、早速無理矢理借りてきて良かったぜ。これは、普通の写真機じゃないそうなんだ」 魔理沙が言うと同時に、黒い写真機はまるで舌をンベッと出すかのようにして、一枚の白い紙をはき出した。魔理沙は霖乃助に言われたのを思い出しながら、その紙を左右に振って、乾かすような仕草をしている。 やがて―― 「お、出てきたな」 なんと、光沢を帯びた白い紙に、徐々に小太刀を握った文の姿が浮かび上がって来るではないか。魔理沙が話しかける前、小太刀を握りしめて新たなネタの発見ににやけ顔を浮かべる文が写っている。見ようによっては、潜入成功した泥棒の姿に見えなくもない。 「え、えええええええええええ。そんな簡単に」 「画像は鮮明とは言いにくいが、十人に見せれば十人ともが、間違いなくお前だと答えるだろうよ。そして、私がこれを他の天狗にネタとして売る。もちろん天狗所蔵の骨董品と引き替えに。記事になるのなら、私の主観だって立派な事実だよな、きっと。お前が霊夢に謝ったところで、それは噂となって様々な新聞に駆けめぐるだろうぜ。そして、読まれることなくチリ紙交換に出される押し紙の如き『文々。新聞』」 「困ります! 明らかな報道被害、いや捏造です!」 「犯罪者が言うことじゃないよなぁ」 完全に向こうに主導権を握られてしまった。 最悪な奴に一方的で悪意ある、しかも半ば意図的な誤解をされている。 こんなことがあっていいのか。 ・・・いや、ひょっとして危機に立たされる民衆のための報道、犯罪者の悪辣極まる脅迫とかいって記事にしてしまうのも面白いかも。いやいや。 緊張感のない打算を脳裡から追いやって、文は天狗の扇を構えた。 天狗少女が挑発に乗ってきたのが嬉しいのか、魔理沙もまた箒を構える。 「ともあれ、意図的な捏造を避ける為にも、その写真はこちらに渡して頂きます!」 「できるもんならな」 「では遠慮無く」 文はいきなり扇を天へ向かって振り上げた。 強力な突風が、夕闇の森に突如として舞い上がる・・・! 「うわっとっとっとっ」 不意の攻撃を受けた魔理沙は堪らない。 くるくると回転しながら吹き飛ばされ、夕焼け空に投げ出される。 箒に縋って体勢を立て直す間に、上手く仕舞えてなかった写真がポケットから零れ、無数の葉っぱと一緒に虚空を舞った。 「しまったっ」 「今です!」 瞬時に飛び上がる文。 体勢を立て直して手を伸ばす魔理沙。 飛行速度はほぼ互角の両者だったが、先に空中にいる分だけ魔理沙の方が近い。 だから、文はもう一度扇を翻し、返す刀で旋風を巻き起こす。 風は彼女と共にあるのだ。 轟っ! 大気の流れが一瞬にして代わり、巻き挙がった木の葉と写真を別の風に乗せる。 魔理沙は風の壁に邪魔されて近づくことが出来ない。 「卑怯だぞ! 正々堂々、弾幕で勝負しろよ!」 「それだと、そっちの方が不利になりますけどいいですか」 「それはよくない」 「はい、それでは遠慮しますね」 微笑みながら写真へ向かう文に、閃光が浴びせられた。 魔理沙お得意の星屑魔法ではない。 魔理沙の持つカメラがストロボを炊いたのだ。 「なっ」 「『証拠隠滅に走る射命丸文記者。「文々。新聞」は信憑性に甚だしく問題有り』と。明日の朝刊はこれで決まりだな」 「卑怯ですよ!」 「いつだって正々堂々、卑怯に狡猾に戦うぜ」 魔理沙が歯を見せて笑う。これで写真は二枚になった。 はずだったが。 「・・・あれ。写真、出てこないぞ」 喜色満面のまま待っていた魔理沙が、やがて不審な顔つきになった。箒に腰掛けて、ぽかぽかと写真機を叩いたり、スリットを覗き込んだりしている。 文はもちろん、きちんと説明を聞いていなかった魔理沙が知る由もない。 この特殊な機械――ポラロイドカメラが、式神で動作する現行の機械・デジタルカメラが普及するずっと以前に、画質や整備性の悪さ、なにより特殊なフィルムの高価さに起因して、外界で死滅してしまったことを。 つまり、先程の文の写真で、フィルムは終わりだったのである。 それをついぞ知らない魔理沙は、責任のない霖乃助にまでぶつぶつ言いながらカメラを弄くっている。 もちろん、この機を逃す文ではなかった。 いまだ空中を舞う写真をめがけて一直線に飛ぶ。 ようやく気づいた魔理沙が慌てて、 「しまった!」 「もう遅いです」 その時―― 唐突に、それは起こった。 何故だろう。 自分でも信じられないぐらい、意識が引き寄せられた。 扇を持つ手ではない。反対の手に握りしめていた、問題の小太刀に、だ。 予感。 直感。 写真にではない。 携えたままの小太刀に、である。 木の葉と共に舞う写真に、視線から一本の線が描かれる。 文は咄嗟に扇を咥えると、 その線に沿うように、 その線をなぞるように、 一直線に、 文は抜刀した。 半ば無意識に。 白刃の閃きが夕闇を凪ぎ、世界を緋色に映し出す。 一閃は、写真を真っ二つにし、 その向こうの空間を縦に、 唐竹割りにした。 比喩ではなく、空間にヒビが入った。真っ白い裂け目が走った。 その向こう―― 文は、見た。 雨の降る街。のっぺりとした存在感。灰色一色に覆われ尽くした場所。 霧のように細かい粒の雨が降りしきっている。 なのに、無音。 背の高い、幻想郷のどの杉よりも背の高い、卒塔婆のような灰色の立方体――高層ビルの群れ。 整えられた道、 点滅する信号機、 低い暗い空、 そこから一筋、こちらに向かって伸びてくる、蛇のような道。 光る二つの目玉を付けた金属の塊が、足の代わりに四つの車輪を付けて走っている。 そこに重なるような、もつれるような、二頭の、あれは、 蝶――? 幻想は、一瞬にして閉じた。 もう夕焼け空に裂け目は存在しない。 二つに断たれた写真もすでに、虚空に紛れて見えなくなってしまった。 あれはきっと、 数多くの知識を抱える天狗ですら見ることの少ないない、おそらくは外界の都市。 文は、呟く。 「今のは一体、何だったんでしょうか・・・」 呆然とする文は、手の中の小太刀を覗き見た。 刃にはもう、神々しい光など宿っていない。そっと鞘に収めると、もう二度と抜く気など起きなかった。それはちょっとだけ豪華な、しかし凡庸な一降りの小太刀だった。 「あー。何やってるんだ、お前。証拠隠滅に成功したわりには嬉しそうでない顔だな」 カメラに愛想を尽かしたのか、溜息をつきながら浮かび上がってきた魔理沙だったが。 怪訝な顔で、目をぱちくりしている文の様子を伺っている。 「何してるんだって・・・今の、見なかったんですか?」 「何を?」 「・・・・・・・・」 見えなかったのだ、きっと。 小太刀を持つ自分にしか。 結界を一瞬だけ「裁った」、自分にしか。 「・・・やっぱり今日は帰ります。なんだか疲れました」 「知ってるか? 最近は高度な魔法で、首から上だけすげ替える写真の式なんてのもあるんだと」 「何を捏造しようが構いませんが、判断するのは賢明な読者ですから。それよりも、そのカメラ壊れちゃったんですか? ・・・香霖堂のご主人が困る顔でも取材にいこうかしら」 「そんなのは新聞じゃなくて、大長編の伝記にでもした方が良いぜ。香霖が困ってる顔なんて、枚挙にいとまがない」 「じゃ、やめときます・・・あ、この小太刀を巫女に持って行かないと」 「疲れてるんなら別に明日でもいいんじゃないのか? どうせ霊夢は酒飲んで寝てるんだろう」 「・・・貴女、なんで私に絡んだか覚えてますか?」 ☆ 数日後、「文々。新聞」の片隅に、小さな記事が載った。 『本誌専属記者、博麗の巫女に謎の取得物を譲渡 先日、本紙の記者である射命丸文が、博麗神社付近で発見した小太刀を管理者である博麗の巫女・博麗霊夢に返却した。ただ、博麗の巫女にはこのような物を持ち出したこともなければ、元々神社にこのような小太刀があったかどうかの記憶もないという。 はなはだ頼りない話ではあるが、巫女のトレードマークである太極印がついていたこと、巫女とおなじ紅白であること、博麗神社付近であった事等を鑑みて判断した結果、当該の小太刀を博麗神社に付託することを決定したものである。 幻想郷の事件を解決することが博麗の巫女の仕事である。このような小さな謎にも明快な解決を導いてくれるように期待したい。 なお本件について、一部で記者が意図的な捏造をしたとの悪意ある噂が広められているが、良識ある読者は正しい事実と知見を以て判断されることをお願いするものである』 その日も文は、自室の机の上で、新品の原稿用紙とにらめっこをしていた。 相棒の鴉が、肩の上に載ってそれを覗き込むようにしている。 ・・・博麗大結界にひびを入れてしまった小太刀の霊力や、あの日垣間見た灰色の都市のヴィジョンは、やはり記事には出来なかった。博麗の巫女にも打ち明けてはいない。なんとなく、勿体ない気がしたのだ。 何度か筆を進めようともしたのだが、結局小説のように主観的にしか書けない。 霧雨魔理沙には見えなかった。ということは、小太刀を持っていた自分にしかあれは見えていない。最早、客観的に書く術はなかった。 思い出すたび時を追って、記憶を主観が色濃く味付けをしてしまう。 謎への思いは募る。 誰が博麗神社から持ち出したのか。 いや・・・本当の持ち主は一体誰だったのか。 あの力を一体何に使おうとしていたのか。 あれだけのものを見ておいて、記事に出来ないというのもフラストレーションが溜まる。 ――が。 そろそろ、その天秤が一方に傾き始めているのも事実だった。 「まぁ、いいか」 呟いてみる。 もとより昨今は幻想郷の事件が多すぎるのだから、一つぐらい解かれない謎があっても面白いのではないか。それも、キープしているのは自分なのだから、なんとなく優越感も湧く。 それにもし自分で解いてしまったなら、きっと記事には出来ない。 誰かが解く瞬間を見逃さなければいい。 そうすれば、とっても面白い記事が書ける。 良い新聞になる。 そう思うことにする。 気を取り直すように頷くと、ネタ帳をぱらぱらと開き、また原稿を書き始める。 自分の新聞を待っている人はいる。多分、おそらく。 もっといい新聞にしよう。沢山の人に読んで貰おう。頑張ろう。 かりかりと筆を滑らせる窓の向こうで、今日も爽快な風が、幻想郷の森を吹き渡る。 一刻ごとに豊かになっていく、この山奥の里を見守りながら。 |
【戻る】 |